夜明けを待ちながら

自宅待機中

トゥール・ダルジャン

トゥール・ダルジャンの鴨、

トロワグロのサーモン

 

それはわたしが幼い頃に見た、

憧れのドラマのセリフ。

 

大学の入学祝いには、

そのドラマのロケ地になったフレンチレストランでコースを食べた

 

芸能の仕事に携わって、

推しがそのドラマのためにギャルソンの修行をした店があると聞いて

誕生日に銀座に食べに行った

 

そのドラマの監修をされていたシェフが

ご本人の地元でレストランをやっていると知り

飛行機の距離を飛んでいった

 

そして今、

仕事がくっっそ忙しいな!!と発狂しそうになって

今月も頑張った!来月も頑張ろう!

のために

突発的に行ってしまった、

トゥール・ダルジャン。

 

千石さんがおっしゃっていた、鴨を食べに。

 

いやー、、これは、ハマってしまうかもしれない。。。

今までも、食いしん坊の自覚はあった。

友人知人との飲み会セッティング、

エリアがどこで、

なに系がいいか、

を聞いたら、いくつか知ってる店をレコメンドできる程度には

美味しい飲食店にアンテナ張ってるタイプだった。

 

 

でも、コースが1万円以上からの高級レストランだと、色々と勝手が変わってくる。

大体は、誰かと行くべき想定なのに

予算5000円の居酒屋とは誘う気安さが全く変わる。

 

ああ、二十代前半のあの頃、

銀座であのドラマの復刻コースを期間限定でやっていたフレンチ、

誘ったのは、わたしの知り合いのなかで一番金持ちっぽい友人だった。

(そして普通に来てくれた。ありがとうA。)

 

そしてトゥール・ダルジャン。

私だってそれなりにちょっといいフレンチも、まあ食べてきたと思う。

なんだけど、

これは凄い。

ソースが全部美味い。

日本食は素材の味を生かすため最低限しか味付けをせず

フレンチは素材の味を殺さないギリギリまで味付けをする

というのは良く言ったもので、

こ、れ、は、、、

もう、食というエンタメじゃん!!!!

オペラ2回分くらいのお値段ですけど

ミュージカル4回分くらいのお値段ですけど

いやもうね、

全然リピートしたい。

 

だれか、こんど、一緒に行ってください。

 

トゥール・ダルジャンの鴨、

いやそれ以外にも、

前菜の白ワインソースも

ついつい誘惑に負けて頼んだウォッシュドのチーズに甘い食後酒も、

デザートのあとにサプライズのプティフールも、

もうすべてがセ・ボン!

 

今度行ったら、絶対クレープフランベ頼む!!

伊賀くんが火事を防いだあのクレープフランベを笑

 

忙しすぎて発狂しそうながら副業も始めたし、

経済回しちゃいますかー。

お彼岸。アイデンティティ。何かやりたい、踏み出せない。

お彼岸。

おはぎ。

最近は和菓子がおいしい。

ダイエット中なので、どちらかというと和菓子に目が行く。

 

旅先で探すもの、

ご当地グルメ

・歴史的建造物

紅茶専門店

・老舗和菓子屋

・ケーキ屋、カフェ

今回はちょっとあわただしい日帰り旅行だったけど

ついつい老舗和菓子屋さんで、

期間限定のおはぎを買ってしまった。おいしい。

 

ダイエット。

カロリーというものは、脂質と糖質とたんぱく質の合計を指すんだって今更知った。

だからたんぱく質が高いだけでもカロリーは高いし、

1日上限これくらいのカロリー計算でいきたい、と思うと、

ケーキばっかり食べているわけにはいかなくなる。

 

それでも私は、

食べることが趣味だし、酒飲みでおいしいごはんやさんを知っているというキャラだし、それがアイデンティティだと思う。

だから、食べるものを極端に減らすダイエットは、私自身を否定する、幸せになれないダイエットだ。

だから食べて動くし、無駄には食べない、

食べる機会と食べるものを大事にしてダイエットしたいと思った。

 

何かやりたい。

運動をする時間をとれるような、ワークライフバランスの良い仕事環境になってきた。

つまり時間はたくさんあるはずなのに

何かやりたい、が、ずっとぐずぐずして踏み出せないでいる。

描きかけの油絵。

買ったはいいが使っていない調味料。

借りたままほこりをかぶっている動画編集用の機材。

わたしは「何者か」側の人ではない、という劣等感がいつも私の足元でとりもちのようにねばりついている。

ちょっとだけ、足を踏み出すことに慣れてくれば、そのうちだんだん歩くことに慣れるだろうか。

そう願いながら、久しぶりにブログなんか書く。

大好きなモリミュに愛をこめてRepriseを語る

旗揚げ公演から今まで、欠かさずに通っている唯一の2.5次元ミュージカル。

1公演で何回も足を運んだことはないから、「今日のアドリブ」なんかには興味がないけれど、

続編になるにつれてどんどんチケットが取りにくくなっていたことは痛いほど肌で感じていた。

キャス変して再演、しかも全員入れ替えでなくウィリアムとシャーロックだけ据え置き、という今回のRepriseは、私にとっては朗報以外の何物でもなかった。

先月から上演していた今作をやっと観劇したばかりなのは、やっぱり思い出の銀河劇場で見たかったから。

すでに、一緒に前作を通った友人に長文の感想を送り付けた後だが、モリミュを観劇してきて初めて、こんなにも分析して語りたくなったので、久しぶりにブログを書いてみる。

 

CONTENTS:

【1】旗揚げ~5周年コンサート(前作までのネタばれあり)

【2】今回のRepriseを見て(今作のネタばれあり)

===

【1】旗揚げ~5周年コンサート※前作までのネタばれあり

-旗揚げの衝撃

まず私は、原作の漫画は全く知らなくて、2025年の今も読んだことがない。

モリアーティがホームズの宿敵だという知識は、名探偵コナン由来で知っている程度で、ホームズの小説は児童文学で1冊くらい読んだことがあっただろうか?という程度。

モリミュを観に行ったのは、鈴木勝吾さんが2.5をやるなんて珍しいな、というような興味からだった。

他のキャストのファンクラブに入っている友人(彼女は同公演を何枚か取っていた)と、1回だけ一緒に観に行こう、という話になった銀河劇場公演。

鈴木さんのミュージカルは、芸劇で石丸さち子さん演出の2人芝居みたいなやつを観たぶりだったかな。

生ピアノと生ヴァイオリンだけの音楽という構成に最初「2.5次元で見たことないほどオシャレじゃん!」とビックリして、美術や照明も美しくて、鈴木さんの透き通る歌がマッチしていた。

やはり特筆すべきは音楽が素晴らしい点。そしてキャラクターたちの台詞まわしとかも、落ち着いた芝居で芯があって、この作品の全員が同じひとつのところを目指していると感じられた。

衣裳だとかのところどころ予算が少ないなりに頑張っているんだろうなという感じや、アンサンブルの子たちが粗削りながらも不慣れなりに頑張っているようなところは、いっそ好感が持てた。

2.5あるある、オープニングでラインナップがなければキャストさんの入り時間を遅くできただろうにね、というくらい鎌苅さんや七木さんたちの出番が全くない一幕、、、モリアーティ陣営の話。

どうしてウィリアム・ジェームズ・モリアーティが”犯罪卿”になろうとするのか、という始まりのお話。

ここまで褒めちぎっておいてあれだが、

少年漫画だから仕方ないのかもしれないけれど、

設定がとにかくぶっとんでいて、

本当に初見で

「きょとん」

「ぽかーん」

となってしまった私。

どうしてそうなる?!っていうストーリー展開で

全然頭が追い付かなくて、受け入れられなくて

なのに

ストーリーなんてどうでもいいくらいこの舞台にまるごと魅了されていて、

幕間になったとたんに「ちょっとパンフ買ってくる!」って友人に言って、急いでロビーの物販に小走りで向かった2019年。

映画とかでも、「ストーリーは全然面白くないけどとにかく映像が綺麗で」とか「あの長台詞の芝居が圧巻で」とか、お話じゃない部分が脚本の不出来を圧倒するほどの魅力になることが多々ある。

今回は脚本が悪いとかではなくて、漫画の原作のその主人公の信念の部分だけが私にはまったく理解できなかった、というだけなのだけど

本当にそんなことはどうでもいいくらい、この舞台を一目で好きになっていた。

二幕はお待ちかね、シャーロックホームズたちが出てきて、私は平野良さんを恐らくあの日初めて見たのだけれど

なんだこのシャーロック!!!って息をのむほどに彼の役作りがすごくて。

漫画原作だしシャーロックホームズのいでたちは鳥打帽でなく開襟スーツで、

それも相まってこの世で彼だけが生み出せるホームズ像であると思った。

あの所作、よく噛まないなと感心するよく回る舌、早口なのに独特の抑揚があって、指先や視線や、その一挙手一投足を見ていたらあっという間に時間が経ってしまう。

そんなラフなシャーロックと、金髪のカツラが良く似合う鈴木さんのどこまでもノーブルなウィリアムが対峙する時の化学反応がまさに至高の瞬間で、

カーテンコールではいつまでも拍手を送ってしまった。

今でこそ「Op.1」と呼ばれる旗揚げ公演だが、あの時はまだ単発の企画で続編があるなんて思っていなかった。

「続編があったらまた絶対観たい!」と強く願った。

言い方が悪いのは100も承知で、こんな2.5次元舞台が出てくるなんて、と、本当に心の底から衝撃を受けた。

(ちなみに私はホリプロさんのデスノートも好き。だけど、ああいうビジュアルを現実世界の人間に近づけているタイプの漫画原作舞台じゃなくて、キャラビジュアルなどを忠実に再現しているタイプの作品でこんなにも美しいミュージカルを創れるものか、と、本当にしばらく衝撃を忘れられないほどに幸せだった)

 

-Op.2以降の続編と、コロナ禍と

Op.2が発表されたときは本当にうれしかった。

そして、世界はコロナ禍に見舞われた。

後から振り返ると、モリミュはコロナ禍とともに歩んできた舞台だ、と関係者がインタビュー等でよく口にしている。

コロナ禍での「ショーマストゴーオン」の過酷さは私も身に染みて知っている。

だからこそ、大好きな作品に心からの拍手を送っていた。

Op.3以降も、決して楽な公演じゃなかったはず。

それでも続けてくれたカンパニーには称賛を贈りたい。

だけど作品のファンとして、シリーズものゆえにどうしても思うところはあった。

 

「これ、このキャラ出る意味あります?」

っていうキャラが増えてしまうことがまず筆頭に挙げられる。

旗揚げのKVからして、陣営の人数の差よ!とツッコミたくなるでおなじみの(?)憂国のモリアーティ。

漫画だったら「このコマの隅っこに描かれていることで、このキャラ同席していたんだな」くらいのカロリーで済むのに

舞台というのは、そのキャラひとりが舞台上に居るためには役者を1か月の稽古と本番期間中ずっと拘束しないといけない。

そのキャラの台詞がたとえ物語上は二言くらいしか必要ないとしても。

しかも単発の作品なら、「二言しかないからこのキャラはアンサンブルの兼ね役でいいか」となるところを、なまじシリーズものの2.5次元なので”前回あのキャラを演じた役者が演じねばならない”という縛りが生まれてしまう(シルエットだけ、くらいなら別だけど)。

もちろん制作サイドは、けっこうなギャラを持っていく役者さんにわざわざヘアメイクと衣裳を整えて3時間の舞台で二言だけ喋ってください、なんてオファーするわけにもいかず(そんなオファーでも受けるだろうくらい役者さんはこの作品を大切にしていそう。そういうことじゃなくて、大人として、仕事として、そういうわけにはいかないので)、

本来ストーリー展開には必要ない新曲を歌ってもらったりして「その人がわざわざ出演する価値」を捻出しないといけない。

下手に主要キャラが多い分、

ストーリーが進めば進むほど、「そういう政治のために挿入された見せ場」が増えてしまって、ストーリーのテンポが悪くなる。

しかしモリミュは、おそらく”この陣営は誰が欠けてもいけない”というひとつの作品愛を貫き、結局初演からの主要キャラがお休みできたのは、さすがに事件現場に登場したりしない役どころのハドソンさんが、それでも1作かそこら出なかったくらい。

(キャス変はあったけど、それでも主要キャラ中たった1役だけだ)

そうして、旗揚げではあんなにオシャレで全編素敵だった作品が、いつしか「お気持ち表明のお歌」の時間が長く取られ、本筋を時々忘れそうになりながらなんとか美しい曲でクオリティを保っている、そんな作品へと成長してしまった。

 

長くなる原因はもうひとつ、

「前回までのあらすじ」を初見の人を置いていかないように冒頭で説明してくれる。

もちろん説明台詞よりは歌で説明してくれたほうが見せ方としてはいいんだけど、歌にするとそれだけで尺が延びる。

結果、シリーズが進むにつれ、当然だがどんどん「前回までのあらすじ」が長くなって、「オープニング」と呼ぶであろうシーンにたどり着くまで30分とか平気でかかるようになっていった。

Op.5を観終えた時、「最後の事件」というタイトルではあるが、最終作とは銘打っていなかったので

(結局全作一緒に観劇していた)友人が「漫画はまだ続くんだよ。だからもしかしたらまだ続編あるかも!」と言っていたが

私は「これ以上続いたら『前回までのあらすじ』だけで1幕終わっちゃうからもう無理だよ。ここで綺麗に幕引か、最初にもどって再演してほしいよ」と話していた。

(友人には「お前はいつも、キャストの楽屋での待ち時間とか政治とかばっかり気にしているな」と言われた)

 

だからこそ、どのエピソードでも絶対に見せ場のある主演二人以外をキャス変してのRepriseは、私が心から望んでいるモリミュの続き方だったのだ。

Repriseの感想は後述するとして、コンサートの話も少しふれておきたい。

 

*シリーズの話ついでに余談だが、KVについてはもう旗揚げが素晴らしすぎて、以降「あれ以上は無いだろう」と思っているのに、毎回クオリティが高く「そう来たか!」というおしゃんてぃーなビジュアルを発信し続けてくれて、毎回脱帽ものだった。デザイナーチームには感謝しかない(どの立場?)。

 

-コンサート、ありがとう

この時も「5周年コンサート」と銘打っていて、サヨナラだのファイナルだの、そういうはっきりしたことは何も言われていなかったと思う。

だけど観客は全員、「これが見納めか」という覚悟を持ってチケット戦争を戦ったと思う。

キャラビジュアルじゃないことは分かっていて、だけど中の人があの歌を、もう二度と生で聴けないだろうと思っていたあんな歌やこんな歌を、目の前で歌ってくれるなんて。

そして、バランスが難しかったと思うが、しゅっとした派手すぎないキャラカラーのスーツや、舞台のセットほど凝っていないけどちゃんとモリミュの世界観を崩さない”コンサート”としてのセットとか、MCの配分とか、本当に作り手たちが愛と慈しみとこだわりと絆を大事にして創った時間であることが伝わってきた。

最高のコンサートだった。

シアターHのあの無機質なロビーを経て、どうしてあんなにも幸せな上質なコンサートの世界を創り出せるのだろうと今でも感服する。

いやこれはだいぶファンのバイアスがかかった見方だな。でも5年間追いかけてきた作品だもの、それくらい許してほしい。

あの空間に居たのは(海外から来ていた嬉し涙の女の子たちも含めて)全員が、”モリミュ”を好きで必死に追いかけてきた人間たちだった。

「いや~今回はさすがにただのコンサートだしパンフ2500円もするしいいかな」って開演前に声高に豪語したのに、

結局終演後に「私ちょっとパンフ買ってくる!」って友人に言ってまた物販に並んでいた。

(「どうせお前はそうなるんだから最初から買えばいいのに」って友人には呆れられた。気づけば5年間同じことをしていたようだ。ちなみに開演前には人生初めてのペンライトを買ったので、物販には開演前と終演後わざわざ2回並んだことになる)

 

このタイミングでケチをつけるのも非常にアレだが、

モリミュカンパニーに対して少しもにょるなと常々思っていたこともメモしておこう。

モリアーティの理想が貴族と平民の分け隔てない世界であるということを発端として、

「このカンパニーはアンサンブルキャストを大事にしているんですよ!」アピールみたいなものが、途中から公式SNSなどで目立つようになった。

それがどうにも、滲み出てしまうもの、というより、アピールに見えてしまって、なんだかなあという気がしていた。

旗揚げの時から(知っているキャストがアンサンブルで出ていたこともあって)アンサンブルを大事にしてくれるカンパニーだな、ということは観劇しているだけで伝わってきていたので

いつしかそれがこれ見よがしになっていってしまったのが、少し残念だった。

「アンサンブル大事アピール」が、逆にアンサンブルとプリンシパルの区別を目立たせてしまうような気もして、

そういうことじゃあないんだよねえ、と思ったりしながらSNSは見ていた。

だけど、コンサートのカテコなどで、演技じゃなく本当に楽しそうにモリミュ大好き!と挨拶するアンサンブルたちの笑顔は、やっぱり悪くなかった。

 

まあ、そんなわけで、好きだからこそ批判したい点はあるものの、それでも本当に5年間愛し続け、追いかけ続けた作品が、最高のコンサートでひとつの幕を閉じたのだった。

 

【2】今回のRepriseを見て※今作のネタばれあり

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久しぶりの絵の具の香りに

懐かしい、

カマーゼンの白い街並みの丘の上、素朴で小さな画材屋で買った油絵具。

よく考えたら、画材セットを一式スーツケースに入れて旅に出たのだろうか?

全然思い出せない。

買えるものや消耗品はむこうで揃えようとは思っていたけれど

じゃあ鉛筆や、ちょっとの水彩絵の具や、筆やパレットや油壷なんかだけ持って行ったんだっけな。

懐かしいな、あの木造の美術室の、うっすい布が貼られていたキャンバス。

ティシューペーパー、グルーガン

 

懐かしい、

テンビーの突き当りの喫茶店のクリームティ。

サンダースフットの海辺。

スウォンジーのWHSmithで買ったプラスチックの万年筆。

カーディフのショッピングモールで買ったツートンカラーのピンクのパンプス。

マナーハウスのような豪邸に住んでた先生。

スクールバスの中での筆談。

教室の、あの天板を開ける木製の机。

誰しも土足で上にのる椅子。

日曜日の教会に行く前、みんなで靴をみがいた朝。

 

デイビッド、私は今でも鮮明に覚えている。

あの終業式の日の何気ない

「またね」

に、あなたがまるで人生のすべてを知っているかのように

「また、はないよ」

と笑ったこと。

 

「いつかまた来た時には、学生のときは自由にまわれなかったあの街やこの街にも行きたいわ」

なんて、楽しみを残して帰国したのに、

そうだね、一度日本に帰ったらもう20年、まったくあんな田舎町まで行けるような暇もお金も目的もないよ。

どうして20年も前に、あなたはすでにそれをわかっていたんだろう。

でもね

私は今でもときどき、あの監獄みたいな学校生活を夢に見るのよ。

もちろん日本語は通じないから、ときどき10代に戻って意思疎通に悪戦苦闘する現実味たっぷりの夢なの。

そこではたまに、あの頃のあなたたちに会えているんだぞ。

演劇じゃない仕事をしていて気づくこと

制作さんは、演劇に関わるほぼすべての部署の人と関わると思っている。

たとえば脚本家さんや音楽家さん、票券さん、縫子さんみたいな部署になったら、ほかのセクションと関わるということは少ないかもしれないけれど

それでもやっぱり演劇というものに関わっていると、

初日乾杯や打ち上げみたいな場で、「誰だろうあの人」と思うくらいたくさんの演劇人と、一堂に会する機会はあったりする。

制作さんなら、それこそカンパニーが大きくなれば、余裕で100人を超える人たちの顔と名前を一致させて挨拶などしていた。

 

別の業界にきて、ふと

PCのむこうにいる相手にどうしても、現実味がわかなかったり

誰が誰で、ということにイマイチピンとこないまま仕事をしていることに気づいた。

 

だって、一堂に会することがないから。

演劇ってやっぱり、どうしようもなく、人が集まらないとできない仕事なんだなあと

しみじみ思う。

 

さあ久しぶりに、なじみのスタッフさんとお酒でも飲みましょう。

そんなに奇跡が転がっているんでしょうかこの世には

私の人生にはそうそう恋愛が登場しない。

いや、心のなかでは「素敵な人だな」なんて勝手に思っている相手は山ほどいた。

だけど、

「素敵な人だな」と思う相手から、恋愛対象に見てもらえるなんて

私にとっては奇跡だと感じられる。

というわけで人生に恋人という人が登場したことが残念ながら無かった。

私にとっては異世界転生モノなんかよりも現代日本のJKやOLの恋愛漫画のほうがよっぽどファンタジーだ。

 

告白されたことがないわけじゃない。

告白したことだってもちろんある。

だけど私が彼らのお申し出を受け入れなかったように

私の申し出も受け入れられたことはなかった。

たぶん、世の中の人たちはもっと緩めに枠を設けているのかな、と気付き

「次にお申し出いただいたら、よっぽど無理って思わない限りトライしてみよう」

って思った時もあった。

だけど、その「次にいただいたお申し出」は、

全然イヤな人でもなくて良く知っている優しい方で清潔感もあったのに

なぜか首を縦に触れなかった。

 

ちなみに世間話をしている時には

普通に何人かそういった相手が過去に居たようにふるまっている。

だってそうじゃないと、欠陥があるみたいに思われるから。

 

ハードルを高くしてしまった一因があるのかもしれない。

5年間もずっとひそかに好きだった人に抱きしめられたとき。

あのとき、生きてて良かったって心の底から思った。

死ななくてよかったって本当に思った。

お付き合いには至らなかったけれど

生きていていいんだって思えた。

これからも生きていけるって思えた。

まるでイスパハンのアントルメに溺れるみたいな夢の余韻を噛みしめているときに

差し出されたからってなんの思い入れもない駄菓子を食べてしまったら

なんだか勝手に切なくなりそうじゃないですか。

 

イスパハンのアントルメとは言わないから、

お試しから始めるにしてもせめてショートケーキを食べてみたいのです。

そう思っていたらまたきっと

次の機会も逃してしまうんだろうなあ。

 

恋に焦がれているだけのまま、また一日年を取ってしまう今日も。

余生と言うには長すぎた

死ぬまでの、暇つぶし。

そう思って生きてきた、大人になってからずっと。

キラキラしたものを追いかけて、何者かに成れると、成りたいと走っていた自分が

ぽっきり折れてしまったあの日から。

 

だけど、

イレギュラーな休暇を経て初めて感じた。

やることがない・目標がない・締切がない人生って

何だってやっていいのに

何にもやる気が起きない。

 

あの、世界中が家の中に閉じこもっていた頃、

各々ニートの才能が有るとか無いとかみたいなことを世間がつぶやいていたけれど

自分はそれが有るほうの人間だと思っていたから

なんだか今回の休暇で、

手は足は動かせるのに、出かけられるのに、体力もあるのに、

どこへも動き出さない、何も成さない自分に

びっくりしちゃった。

 

ああ、人って「やること」がないと

死ぬまでがあまりに長いんだなあって痛感した。

 

休暇中、散らかった家はいっこうに片付かなかったけれど

休暇が終わった今、なんでか隙間時間にあれやこれやの行き場を考えたりしている。

 

目標、、、そんな意識高い系の人しか考えなさそうなもの、

もうね10年以上持ったことがないの。

だけどそうね

たとえばボーイフレンドを作るとか

そんなことを目標にしてみるのもいいのかな。

 

一足飛びにスーパーマンにはなれないから、

身近なところから、

すこーしずつ

ホップステップジャンプ。

行き先が間違っていたら

その時また新しい行き先を目指せばいいかな。

まだまだ、先は長そうなので。